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姫路市大回り、その5(藤ノ木山)



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平成15年9月21日(日)  メンバー 私だけ

藤ノ木山 ふじのきやま 269.2m
春日山(飯盛山) かすがやま(いいもりやま) 197.9m

2万5千分の1地形図「笠原」、「北条」を参照すること。


姫路市大回り

姫路市大回りも5回目を迎え、今回は姫路市の北東端に位置する藤ノ木山に登ってきた。

藤ノ木山の北の麓にある藤ノ木山野外活動センターでは、姫路市内の小学5年生がもれなく5泊6日の自然学校を体験するところだ。私の子どもたちも参加しているが、聞き取り調査を行ったところ藤ノ木山には登らないようだ。

藤ノ木山を南から北に登った後、福崎町の山だが春日山(地形図では飯盛山と表記している)にも登ってみる。昔々400年ほど前には山城があった山だ。


小原バス停から姫路市大回りを再開

7:41
姫路駅前から社行きの始発に乗り、姫路セントラルパークから3kmほど西の小原バス停に到着。ここから北に神谷ダムまで車道を歩いて行く。

前日までの天気予報では雨だったが、台風は遠く南海上にそれ、曇り空が広がっているが雨の心配はなさそうだ。気温も22度ほどで、ようやくきびしい残暑も終わったようだ。

黄金色に染まった田畑では稲刈りの真っ最中だ。コンバインが唸り声を上げながら稲穂を刈り取っていく。

8:21
小原から県道372号線で北に、道幅の狭い県道373号線で西に進み、神谷ダムの取付け道路への分岐地点に到着。神谷ダムまでは1.8kmの表示がある。

8:45
取付け道路の緩い坂道を登って行くと、管理用道路が左に分岐する手前のガードレールに「兵庫県警 立入禁止」と印刷されたテープが貼り付けられている。手書きの赤字で「」とも書かれている。

ガードレールの下は浅い谷で、かなりの量のゴミが捨てられている。以前にゴミ以外のものが遺棄されたときの捜査の名残なのか、不気味だ。

なにがあったんだろうか
下はゴミだらけ

9:00
神谷ダムに着いた。自動車はダムの手前の駐車場まで入ることが出来る。神谷池には周回路があるが、一般に供されているのは西側部分のみでそれ以外は管理道路となっていて通行は制限されている。南に姫路セントラルパークの大観覧車が見える。

神谷池
誰の字かは分からない

神谷ダムの概要

神谷ダムは西播磨地域の水道水の安定した供給を図るために建設されたダムです。
ダムの堤体は良質な堤体材料が建設地周辺で採取できることから、土と岩石を各ゾーンごとに盛り立てた中央コア式ロックフィル形式を採用しています。
ダムの貯水池は揚導水管路で約3km西の船津浄水場と結ばれており、市川の流量が多い豊水期に市川からポンプで揚水して貯留し、渇水時には逆にダムの貯流水を浄水場まで導水して利用する仕組みになっています。


ダム諸元

  ダ ム
 位置 兵庫県姫路市豊富町神谷
 河川名 二級河川・市川水系神谷川
 形式 中央コア式ロックフィルダム
 堤頂標高 EL.159.00m
 基礎標高 EL. 80.00m
 堤高     79.00m
 堤頂長    303.40m
 堤頂幅     10.00m
 ダム勾配 上流1:2.95 下流1:2.05
 堤体積 1,504,000立方m
  貯 水 池
 流域面積 2.18平方km
 堪水面積 0.718平方km
 常時満水位 EL.154.50m
 最低水位 EL.107.00m
 設計洪水位 EL.155.90m
 総貯水容量 16,600,000立方m
 有効貯水容量 16,100,000立方m
  洪 水 吐 出
 形式 扇形自由越流式
 設計洪水流量 95立方m/秒


無理やり尾根に登るぞ

ここら辺から東の尾根に登りたいのだが、ダム付近の周回路の東側は高い擁壁となっていて登れそうもない。

9:11
周回路を少し進むと擁壁が切れ、水がチョロチョロと流れている浅い谷がある。始めは谷を、その後は適当に急な斜面を登る。尾根に出るとかすかだが踏み跡があり赤いプラ杭も打ってある。ふり向くと神谷池が下に見える。

始めは踏み跡のみ
高山に比べたらなんでもない

9:37
神谷ダムの西、250mピークまでは踏み跡しかないが、ピークから北は道になっている。ピークには「九十士・山歩会(加古川)」のプレートが下がっている。

250mピークから北の道
蜘蛛の巣がないといいのだが

9:46
イノシシのヌタ場をすぎ、三角点ピークが近づいてくると西側が開けてきて、笠松山や善防山が見えてくる。いつか登ってみたい山だが加西市は播州の範囲外としているのでいつになることやら。

10:07
269.2m三角点ピークに到着。三等三角点(点名:藤禾山<ふじきやま>)と道標風の木のモニュメントがある。ここが藤ノ木山の頂上なのだろうか。藤の木山自然公園の道はここまでしか来てないようだ。

モニュメントには「明石海峡大橋 37.0km」、「法華山 一乗寺 4.6km」、「姫路城 距離不明」、「姫路セントラルパーク 4.0km」、「書写山 円教寺 12.3km」と表示されている。

南を見ると、家島や明石海峡大橋が。北は、日光寺山・深山の先に笠形山が。30分ほど展望を楽しみ、10:35三角点ピークを後にする。

藤の木山頂上?
神谷池も見える

10:42
三角点ピークから東に200mほどの第ニ展望台に着いた。北側は三角点ピークよりもよく見えるが、それ以外はあまり変わらない。

第ニ展望台
第一はどこだ

第ニ展望台は袋小路の突き当たりにあり、下山は10mほど戻り北に続く尾根を下りていく。、

展望の尾根道
夏は地獄の道となる


東の山へ

10:57
柱に「分岐点」と書かれた道標がある。下ってきた方向には「第ニ展望台 0.3km10分、三角点0.4km12分」とある。どうやら三角点ピークを藤ノ木山とは呼んでいないようだ。北西に続く尾根方向は「少年自然の家 1.1km35分」とあり、北東に尾根から下る道は「芝生広場 1.1km35分」となっている。

姫路市と加西市の境界はここから北西に尾根から下り、146.3mの三角点がある尾根に登り北に延びている。私もここから尾根を下りることにする。

下り始めの急坂には鎖がある。よくある鎖場のように垂らしてあるわけではなく柱と柱の間にきつめに鎖が張られている。

11:04
尾根から下ると北西の「芝生広場」に行く道があるが、なぜかビニール紐が張られていて入らないようにしてある。

11:06
隣の尾根に向け進むと「東の山」という道標がある。藤ノ木山自然公園の東にあるから「東の山」なのだろうか。

11:07
また「芝生広場」への分岐があり、下りの階段道が延びている。全ての分岐点に道標があり分かりやすいようななさそうな。自然公園の散策路の地図が手元にあればいいのだろうが、地形図しか持っていない私の頭はかなり混乱してきた。

「東の山」方向には「A.B.Cコース順路」の表示があり、道にはテープが張られ入れないようにしてある。

テープをくぐり入って行くと、倒木はあるし、左右から雑木や草の葉が散策路を覆い隠すように茂っている。どうやらこの尾根道の整備は放棄されているようだ。それでも路面は擬木の階段道で歩くのにはなにも問題がない。

11:13
道標が2本立っていて方向指示板が6ケある分岐に着いた。こんな道標見たことがない。どうやら変形の四叉路で「芝生広場」行く道が2本あるようだ。

すごい道標
複雑だ

11:18
登って行くと、また鎖場が現れ登りきったところが190mほどの「東の山」最高地点だ。表示は何もない。西を見ると麓に田畑が広がっていて、3分の1ほどは稲刈りが終わっているようだ。

北に下る尾根にはいい道が付けられている。下っていくと分岐があり真っすぐも、尾根から西に下りても「芝生広場」に行くようだ。尾根の真ん中にはきり開きがあり、赤プラ杭が続いているが、その西側すぐ下に散策路が平行に伸びている。

11:35
不思議な道標がある。柱には「分岐点」の表示があるが、行き先は二つしか表示されていない。「芝生広場 0.2km3分」と「東の山 0.4km10分、三角点 1.1km30分」だが、分岐ならば行き先は三つ以上なければならないはずだ。思うに、「芝生広場」方向はここから尾根を外れ下りてしまうので、北の146.3m三角点方向がもう一つの分岐なのだろう。

11:40
散策路から離れ尾根の切り開きを北に下り、本日二つ目の三角点、四等三角点(点名:利保)に着いた。尾根の途中のピークとは言えないようなところにある。

146.3m三角点
展望はない

11:55
藤の木山自然公園の北にある「掘ノ内池」の北東端近くの道路に下り立った。「猪防御電柵通電中 危険に付き注意」の表示があり、低くまたげる電気柵が設置されている。

尾根から下り立った地点
西側はフェンスが続いている


次は春日山だ

ちょうどお昼になったが、場所が悪いのでもう少し歩いてから昼食をとることにして、しばしの休憩後歩き出す。

藤ノ木山自然公園のゲートをくぐり中に入って行くと広い駐車場があり、その奥が広場になっている。この広場が道標に頻繁に登場した「芝生広場」なのだろうか。キャンプ場を左に見ながら進むと、地形図の建物印のところには「姫路市立少年自然の家」がある。どうやらここが姫路市の小学生たちが自然学校の時に宿泊する施設のようだ。

12:20
破線道を西に進むと峠の手前北側に不動明王の石仏を祀った「打越不動明王」の社がある。

さらに西に進むと溜池が二つ並んでいて、その下には唐突にプールが現れる。長らく使われていないようだが、小学校でよく見る大きさの立派なプールだ。更衣室に掛かる錆びた「プール使用のきまり」には「南山田子供会」とある。子供会でプールを持つとはすごいが、管理や運営は大変だっただろう。

今は使われていない南山田子供会のプール
今でも使えそうだ

12:44
藤の木山自然公園の北を東西に走る県道81号線に出て、西に行くと「南山田バス停」から北に入る道に「近畿自然歩道」の案内看板が立っている。

予定ではさらに西に進み、山田町北山田の天満神社の北にある93.4m三角点に行ってから福崎町の春日山に登るつもりだった。93.4mの三角点は点名を清盛塚といい興味があったのだが、北の姫路白鷺ゴルフ場の中を通り春日山に真っすぐ行く近畿自然歩道の誘惑に負けてしまった。

近畿自然歩道 福崎 春日山散策のみち
(南山田バス停〜西大貫バス停)7.2km

近畿自然歩道は、私達の生活が近代化する中で、自然の残っている地域や名所・旧跡を帯状に結び、身近に歴史や自然とふれあえるように整備したものです。コースには道しるべがありますのでそれにしたがってお歩きください。

環境庁・兵庫県

嶺雲寺、余田大歳神社、若宮神社、鍛冶屋熊野神社、春日山(地形図の197.9m三角点のある飯盛山を春日山と呼ぶようで、案内には飯盛山の表記は出てこない)、春日山城跡、八千種自然活用村の解説が記載されている。

解説板の地図によると、南山田バス停から北に進みゴルフ場の中を行き、春日山南麓の春日山キャンプ場から春日山に登るようになっている。下山は春日山頂上から北西の鍛冶屋熊野神社付近に下りるようだ。小さな山なのに登山道が2本もあるので楽しみだ。

曲がり角ごとにある近畿自然歩道の道標に従って歩いていく。ゴルフ場の中は両側にフェンスがあり、カート用の橋が2ケ所頭上を越えている。

南から見た春日山
両側は田んぼだ

13:11
ゴルフ場を抜けると、近畿自然歩道は地形図の実線道から破線道の地道に入っていく。しかし春日山キャンプ場まであと400m弱で道の行く手は雑草に遮られている。行って行けないこともないのだが、ここは春日山を反時計回りに西側に回りこむことにする。

13:40
鍛冶屋熊野神社前に着いた。神社横に西邦寺がありその前に春日山城の由来の解説板がある。

春日山城由来

建武年間に築城し、赤松幕下の後藤三郎左衛門尉基明が初代の城主として守護し、現在の福崎町全域、姫路市山田町、姫路市船津町並に加西市の一部を統治したのである。
応仁の乱には、赤松政則の部下として出陣、山名の軍勢を破って軍功を立てた。
(基明の子孫が代々城主をしていたが、)天正の頃の城主は後藤伊勢守基信であった。所が羽柴秀吉が織田信長の命により中国征伐に向うため、京都から西方に向い、次々に城を陥落し、破竹の勢いで進んで来た。(三木城も忽ち破れ)次に春日山城にも攻め寄せて来た。城主伊勢守基信を中心に、将兵一同春日山城に籠城して戦ったが、春日山の周囲を取り囲まれ、衆寡敵せず。奮戦功なく、将兵は次々に斃れ、天正6年5月11日遂に城陥り、城主基信は自刃して果てた。
二百数十年に亘って存在した春日山城も、落城してから既に四百有余年を経た今日、遺跡らしきものも殆んどなく、この城址に佇んで、その昔を偲び、ありし日の春日山城を思えば、万感胸に迫るものあり、更に将兵の悲痛なる最期に思いを致す時、実に感無量なり。

昭和57年5月 春日山城史談会
寄贈福崎ライオンズクラブ

この解説板の裏から春日山登山道が始まるのだが気がつかず、さらに南に進み「春日ふれあい会館」(ここの前の道路には駐車スペースがある)を過ぎると、山側のグランドの横に「キャンプ場」への道標がある。このキャンプ場が目標としていた「春日山キャンプ場」のようだ。

13:51
キャンプ場への道を登って行くと峠状のところに「春日城跡」の道標がある。山頂まで0,3kmだ。

13:59
予想外に急な疑木の階段道、その上はさらに急な丸太の階段道を汗をかきながら登ると、平らな春日山頂上に到着。

山城跡としては頂上は狭く、曲輪跡も北側に1ケ所だけしか確認できなかった。ベンチとゴミ箱(ゴミ箱の中のゴミは誰が下ろすのだろうか)がありあまりきれいな頂上ではなく、南側以外は雑木で展望もなく少しがっかり。薮蚊が多く、虫除けを腕や首筋に塗りつける。

春日山頂上
あまりきれいではない

春日山城跡

春日山城は、建武年間に築城され、播磨の守護赤松氏の幕下であった後藤三郎左衛門尉基明が初代城主として、現在の福崎町全域と姫路市、加西市の一部を統治していました。
応仁の乱には、赤松政則の部下として出陣し、山名の軍勢を破って軍功を立てました。
天正6年(1578年)9代目後藤伊勢守基信の時に、中国征伐に向う羽柴秀吉によって城は攻め落とされました。落城してから長い年月を経た今日、城跡が残るのみです。

近畿自然歩道 環境庁・兵庫県

14:37
昼食後下山開始。登ってきたのと反対側の北に下る道を使う。この下山道も近畿自然歩道の一部でよく整備されている。途中、北に住吉山がよく見えるところがある。

14:48
福崎町保存樹のヤマモモの木があるはずなのだが、標識はあるのだがどの木か分からない。そこから脇道に入ると小さな石の祠があり、石仏があるのかなと覘いて見ると、寛永五年と彫られた石板が入っている。

14:53
下山地点は鍛冶屋熊野神社前横の西邦寺だ。神社の屋台倉では秋祭りの用意を始めている。次ぎの日曜日辺りがお祭りなのかな。

14:59
春日山の北、県道410号線に出るとそこには「春日山城址登山口」の木杭がある。

15:29
県道を西に、西ケ首池と大沢池の間を通り、播但連絡道路の下をくぐり、宮脇口というバス停に到着。市川まで200m位のところで、あと15分で姫路駅前行きのバスが来るので本日はこれにて終了。

自家用車で来ると出発地点に戻らなくてはならないが、街中の里山に登る分にはバス停はいたるところにあるし、本数は1時間に1本くらいしかなくても結構便利だ。神姫バスのエコ定期制度によって日曜祝日は1乗車100円になるので、往復200円とお得で非常に経済的でもある。



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